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映画『マリア・モンテッソーリ 愛と創造のメソッド』公開決定!— 革新的な教育者の知られざる物語

カテゴリー: アート | 公開日: 2025/3/15

モンテッソーリ教育の創始者、マリア・モンテッソーリの激動の人生を描いた映画
『マリア・モンテッソーリ 愛と創造のメソッド』 が、
2025年3月28日(金)より全国で順次公開されます。
彼女がどのようにして新しい教育法を確立し、
1907年に「子どもの家」を開設するまでの7年間を描いた感動作です。

3/28(金)より
シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋、UPLINK吉祥寺
他にて全国順次公開

★横浜フランス映画祭(3/20-23)にて上映(23日)。監督来日登壇。

世界に影響を与えたモンテッソーリ教育

モンテッソーリ教育は、ジェフ・ベゾス(Amazon創業者)、ラリー・ペイジ&セルゲイ・ブリン(Google創業者)、テイラー・スウィフト(シンガーソングライター)、藤井聡太(将棋棋士) など、多くの成功者たちが受けたことで知られています。本作は、この教育法が生まれるまでの背景を、マリア・モンテッソーリの視点から描きます。

映画のあらすじ

舞台は20世紀初頭のイタリア・ローマ。女性が社会進出することが困難だった時代に、マリア・モンテッソーリ(ジャスミン・トリンカ) は新たな教育法を模索していました。そんな中、彼女はフランスの高級娼婦リリ・ダレンジ(レイラ・ベクティ) と出会います。

リリは、自分の名声を守るため、娘の学習障害を隠そうとしていました。しかし、マリアとの出会いを通じて、娘の可能性に気づきます。やがて、マリアの教育改革への情熱に共感したリリは、彼女の夢の実現を助けることを決意します。しかし、社会の壁や偏見が2人の前に立ちはだかります——。

監督・キャスト

監督・共同脚本を務めたのはレア・トドロフ。
パリ生まれの彼女は、政治学を学んだ後、ドキュメンタリー映画の助監督として活動を開始。オルタナティブ教育をテーマにした作品にも関わるなど、教育への深い関心を持ち、本作に取り組みました。

キャスト
•マリア・モンテッソーリ役:ジャスミン・トリンカ
•リリ・ダレンジ役:レイラ・ベクティ
•その他出演:ラファエル・ソンヌヴィル=キャビー、ピエトロ・ラグーザ、ナンシー・ヒューストン ほか

映画情報
•原題:Maria Montessori(La Nouvelle Femme)
•公開日:2025年3月28日(金)より全国順次公開
•上映劇場:シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋、UPLINK吉祥寺 ほか
•上映時間:99分
•言語:イタリア語・フランス語(日本語字幕付き)

マリア・モンテッソーリの信念に触れる映画

「すべての子どもには無限の可能性がある」—— 彼女のこの信念は、今なお世界中で生き続けています。本作は、彼女の情熱と苦悩をリアルに描き、現代に生きる私たちに「教育とは何か?」を問いかける作品です。

ぜひ、スクリーンで彼女の物語を体感してください!

子どもの権利のために闘う
それが私の運命

Amazon創業者ジェフ・ベゾス、Google創業者ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン、シンガー・ソングライターのテイラー・スウィフト、将棋の藤井聡太などが受けたことでも注目されるモンテッソーリ教育。その生みの親であり、イタリア初の女性医師、そして未婚の母でもあったマリア・モンテッソーリ(1870-1952)。彼女が自らの教育実践の場として1907年「子どもの家」を開設するまでの試練と歩みの7年間を描く。それは、心の自律を信じ、勇気をもって新しい時代を切り開いた、ひとりの女性の宿命の物語。

●ストーリー

20世紀初頭のローマで、マリア・モンテッソーリ(ジャスミン・トリンカ)は、ある「成功者」と出会う.。フランスの有名なクルチザンヌ(高級娼婦)であるリリ・ダレンジ(レイラ・ベクティ)だ。リリは娘の学習障がいが明るみに出そうになったとき、自分の名声を守るためにパリから逃亡してきたのだ。マリアはこの時期すでに画期的な新しい教育法の基礎を築いていた。リリはマリアを通して、娘はただの障がいのある女の子ではなく、強い意志と才能を持った人として、ありのままの娘を知るようになる。マリアに共鳴したリリは、男性中心社会の中でもがくマリアの野望の実現に手を貸す。

●国際モンテッソーリ協会事務局長 リン・ローレンス

これは、マリア・モンテッソーリが、人間形成と教育についての見解と洞察を形成するのに役立った、画期的な年月を描いた特別な映画です。
この映画は、社会が彼女に課した挑戦…男性優位の世界で若い医師として、科学者として、そして新しい母親として…を見事に捉えています。
レア・トドロフの繊細な演出には真正性があります。必見です!

●レア・トドロフ監督インタビュー

マリア・モンテッソーリのどのような点に興味をそそられ、この映画を制作しようと思ったのですか?

私は、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の進歩的教育に関する歴史ドキュメンタリーを制作していた時に、初めてマリア・モンテッソーリについての本を読みました。
イタリア初の女性医師、国際的な有名人、神話、そして人々を魅了する存在であったマリア・モンテッソーリの人生のロマンティックな側面に強く惹きつけられました。
実証主義の学派に属していたにもかかわらず、彼女は観察や実験について語るのと同じくらい、啓示や直観について語りました。また、ムッソリーニと一時期協力しながらも、同時に世界平和を提唱していました。
1870年に生まれた女性にとって、世界を征服するには、ただ聡明で才能に恵まれているだけでは十分ではありません。鉄の意志、揺るぎない決意、並外れた成功への夢も必要でした。しかし、当時の時代と自身の性別による強力な社会的決定論から逃れるためには、何よりもマリアにとって最も大切なものを手放す必要がありました。それは、婚外子として生まれた息子マリオです。もし彼女がマリオを正式に認知していたら、キャリアを犠牲にしなければならなかったでしょう。

しかし、この映画を制作するきっかけとなったターニング・ポイントは、私の娘の誕生でした。娘は遺伝性の病気を持って生まれ、私はすぐに、母親になるだけでなく、特別なニーズを持つ子どもの母親になるのだということを理解しました。
私は、そのような子どもたちの存在が十分に表現されていないことに苦しみました。ハンディキャップと向き合う中で、私はドキュメンタリー映画『Révolution école』を制作する際に、20世紀初頭の様々な教育者の著作を数年間にわたって研究したことを思い出しました。近代教育の二大巨匠である二人の博士、オヴィド・ドクロリとマリア・モンテッソーリは、いわゆる「白痴児」の子どもたちと関わる前に、「正常な」子どもたちと関わっていました。 私が目にした、これらの子どもたちの古い映像が、私の脳裏に蘇りました。 自分の娘を前にして、この知識は理論の域を超え、現実のものとなったのです。 私自身の必要性によって、このテーマへの関心が再び呼び起こされました。

これが、マリア・モンテッソーリの物語、つまり実在したマリアと、想像上のリリという2人の女性の物語が生まれた経緯です。
時代劇という媒体を通して彼女たちに近づくことは、時間を遡り、硬直した世界に異なる姿勢を打ち立てるのに必要だった戦いの瞬間を観察できる可能性があるということです。
それは、自分の評判や子どもを失うリスクを冒すことでもありました。教育を受け、啓蒙され、モダンで、同時に自分の喜びや欲望も追求する「新しい女性」が家父長制社会で存在しようとすればするほど、立ちはだかる障害は大きくなり、不当な選択を迫られることになります。
これらは集合的な物語(私の祖母は、学業を修め、家庭という名の監獄から逃れるために、3人の子どもを残して家を出ました)ですが、しばしば秘密にされてきました。ついにそれらを語ることができるのは、なんと嬉しいことでしょう!

このようなプロジェクトには膨大なリサーチが伴います。どのような準備をしたのですか?

ドキュメンタリー制作中にも多くのリサーチを行なっていました。しかし、図書館にこもって、ある程度の数の本を読まなければなりませんでした。
参考にしたのは、3つの伝記(リタ・クレーマーによる包括的なもの、マリヤン・シュヴェクマンによるより批判的なもの、そしてヴァレリア・パオラ・バビーニによる科学的フェミニズムに焦点を当てたもの)と、マリア・モンテッソーリ自身の著作、その中には大西洋横断の船旅中に書かれた1913年の日記があり、そこでは息子について多く触れられています。また、彼女がオルトフレニコ研究所での仕事を振り返った30ページほどの小冊子もあり、私はそれを大いに利用しました。
執筆の過程では、マリアについて私が語ることはできるだけ正確にしたいと思っていました。たとえスピーチをわかりやすくするために言い換えたとしても、彼女の考えに忠実な言葉を使いたいと思いました。

映画はどのような内容ですか?

1900年、パリで有名なクルチザンヌ(高級娼婦)であったリリ・ダレンジには、恥ずべき秘密がありました。それは、生まれつき障がいを持つ娘ティナの存在です。キャリアを脅かす子どもを育てることを嫌った彼女は、パリを離れローマへ移住することを決意します。
そこで彼女は、当時「欠陥児」と呼ばれていた子どもたちのために画期的な学習法を開発していた医師マリア・モンテッソーリと出会います。しかし、マリアにも秘密がありました、婚外子がいたのです。
この2人の女性は、男社会で自分たちの居場所を勝ち取り、歴史に名を残すため互いに助け合うことになります。

なぜマリアの人生のこの時期を選んだのですか?

選ぶのにずいぶん時間がかかりましたが、マリアの伝記で最も興味深い瞬間は、彼女が息子を手放した時だと直感しました。
その頃、彼女はまだ健常児向けの学校を設立していませんでした。彼女は特別支援学校で働いており、そこで後に彼女の教育法となるものを構築したのです。また同時期、彼女は女性の権利獲得運動にも深く関わっていました。
マリア・モンテッソーリにとってこの時期が人生のターニング・ポイントだったと思うのです。

主な登場人物について簡単に説明していただけますか?

マリア・モンテッソーリは並外れた意志の強さを持つ女性で、医学を学び、30歳にして、一般の学校では受け入れられなかった「非定型児」を教育する近代的な施設である矯正施設を運営しています。
彼女と一緒に働くのは、秘密の恋人で、1年前に彼女との間に子ども、マリオをもうけたジュゼッペ・モンテサーノです。
マリアは、古めかしい因習が支配する世界の中でも現代的な女性としての生き方を貫こうとしますが、そのバランスをとることが不可能であることに気づき始めます。そして最終的には子どもか運命かの選択を迫られることになるでしょう。

リリ・ダレンジは、そんなマリアが自身を再構築する手助けをします。
リリ・ダレンジは、パリで名を馳せたクルチザンヌ(高級娼婦)です。
母親が亡くなったことで、彼女の過去が明るみになります。リリは数年前に「白痴」の子どもティナを手放しており、今度はその子の面倒をみなければならない。秘密が暴かれないように、時折愛人関係にあったイタリア王子の招待を受け、パリを離れローマへ向かいます。
到着したものの、ティナをどうしたらいいのかわからず、彼女の面倒をみることさえできません。しかし、メイドから、言語障がい児のための施設に入れる可能性があることを聞かされます。
そこでマリアの教育方針に導かれ、長く苦しい受容と愛の旅が始まるのです。

ジュゼッペ・モンテサーノ(31歳)は、パートナーであるマリアを大切にする、穏やかで聡明な男性です。結婚制度に縛られることなく、お互いを自由に愛し合うという約束を守りたいと考えています。
しかし、人は時代から逃れることができるのでしょうか? 本当に、自分の選択を自由に決めることができるのでしょうか? ジュゼッペは、それが可能かどうか疑うようになります。母親から人生の責務を想起させられると、彼はそれに同意し、愛する女性よりも従順な女性と結婚することを決意します。

キャスティングについて教えてください。

マリア役には、脚本の最初の草案からジャスミン・トリンカを考えていました。彼女の参加は決定的でした。私は、ジャスミンのおかげでマリアを愛せるようになったのです。
脚本を書いていたときは、マリアという人物にそれほど愛着を感じていませんでした。彼女は厳格で、権威主義的で、伝記のいくつかの要素は理解しがたいものでした。ですから、彼女から距離を置き、彼女の持つ曖昧さや相反する要素を表現したいと思っていました。
しかし、ジャスミンの解釈は、単純に善悪を超えた存在として彼女を表現していました。撮影現場では、まるでマリア・モンテッソーリが彼女に乗り移ったかのようでした。

レイラ・ベクティは素晴らしい女優ですが、リリの役をオファーするのは興味深いことでもありました。というのも、彼女がこれまで演じてきた役とはまったく異なるキャラクターだったからです。
子どもにつらく当たるこの女性を愛せるのは、レイラの深い人間性のおかげだと思います。
彼女は台本を深く理解し、役を引き受けてくれた後すぐ撮影に取り掛かりました。
レイラにはアイディアがあり、常に自分の役柄の一貫性を考え、その感情的な力は私を感服させました。
彼女のおかげで、私たちはリリを母親失格だと決めつけることにならないでしょう。率直に言って、たとえ不快な役柄でも、彼女は私たちを引き込むのです。

ラファエル・ソンヌヴィル=キャビーは、他の子どもたちと一緒にキャスティングにやって来ました。私たちは休暇中にワークショップを開催したのですが、他の子どもたちと一緒に参加してもらいました。
ワークショップの初日、私は彼女が役柄にぴったりだと感じました。彼女の思慮深い強さ、私たちと一緒にいるときの様子と自分自身の中にいるときの様子の両方に圧倒されました。
彼女は非常に聡明な少女で、すべてを理解し、世界にしっかりと存在しながらも、感覚的な信号の知覚の仕方が異なっており、この認識の特殊性に私は興味をそそられました。
撮影中、私たちは彼女自身と役柄の違いについて繰り返し強調しました。彼女は私たち撮影チームとともに、最初はとても内気なティナから、研究所で花開くティナ、そして映画のラストのティナへと、本当にキャラクターを作り上げていったのです。

この映画で19世紀の女性の人生のさまざまな側面を描くことは、あなたにとってどれほど重要でしたか?

フランスでは、この映画のタイトルは「新しい女性」です。
これは一般的に歴史家が使う表現で、1900年代に専門職や学術的なキャリアを獲得することに成功し、知識によって社会での地位を主張した、フェミニストで教養があり自立した女性たちを指します。
ですから、それはどちらかというとマリア・モンテッソーリを指す言葉です。 しかし、リリのキャラクターを考案するにあたり、私は彼女を自立した女性として表現したいと思いました。そうすれば、彼女の境遇がマリアやジュゼッペのそれとあまり重ならないからです。彼女をクルチザンヌにしたのは、当時の力強く自由な女性のもう一つのモデルを提供するためでした。

教育は現代の大きな問題の一つです。マリア・モンテッソーリの教育方法は、現在の教育に関する議論を豊かにするものでもあると思いますか?

モンテッソーリの教育方法で私が本当に気に入っているのは、子どもを観察することを求めている点です。
子どもは皆同じではないと思いますし、学校は子どもに合わせるべきであって、その逆ではないと思います。

モンテッソーリの教育法について、ご自身で経験されたことはありますか?

娘のおかげで、特別な支援を必要とする子どもたちの教育については多くの経験があります。その多くは、マリア・モンテッソーリが実践していたことと非常に近いものです。

なぜ今日、マリア・モンテッソーリの生涯と功績を思い起こす必要があるのでしょうか?

この映画が、私たちの社会において、よりインクルーシブ(包括的)であろうとする意欲が欠如していることの問いを投げかけることを願っています。
長い間見えにくく、しばしば疎外されてきた、神経型異常や障がいを持つ人々に、社会の中心にふさわしい地位を与える時が来たのです。

●モンテッソーリ教育について

汐見稔幸(しおみ としゆき)
一般社団法人家族・保育デザイン研究所代表理事
教育・保育評論家
東京大学名誉教授・白梅学園大学名誉学長・全国保育士養成協議会会長・
日本保育学会理事(前会長)

今,世界の多くの国々でオータナティブな学校としてもっともたくさん作られているのは、モンテッソーリの理念にもとづく学校です。日本ではイエナプラン教育で有名になったオランダでも、保護者が希望して作っている学校で最も多いのはやはりモンテッソーリの学校です。

アメリカではGoogleやAmazonの創始者たちがモンテッソーリの学校の出身者だということで有名になっています。Googleでは、そのため、入社の試験のときにモンテッソーリ学校の出身だというと受かりやすい、という冗談さえよく言われているほどです。
歴史的にもアンネ・フランクやピーター・ドラッカーなどの有名人もモンテッソーリの幼稚園や学校の出身ですし、オバマ大統領等何人かの大統領もモンテッソーリの教育を体験しています。

このように、世の中でいい仕事をし、また創造的な、つまりそれまでの人々が思いつかなったような新しい仕事を創り出し、それを上手に世に広げていく才覚を持った人に、モンテッソーリの理念の教育を受けた人がかなりいるのですが、この事実が、モンテッソーリ教育の特質をうまく表していると思います。
モンテッソーリは、子どもは適切な環境があれば自ら学び出すということにこだわった人でした。今回の映画でも、障害児を教育する仕方を模索しているうちに、障害がない子は、適当な教材環境があれば自分でどんどん学んでいくことを見つけたという件があります。この発見は、子どもを育てるのに教えることは絶対条件ではない、という認識に繋がります。このことは現代の脳科学や子ども学でも同じように確認されていて、日本赤ちゃん学界などでは、子どもはある意味「自育的な生き物」だということが共通の確認事項になっているほどです。「教え・育てる」と書く『教育』という捉え方は根本から検討する必要があるということですね。

また、モンテッソーリは、子どもは、ある時期に特定の活動や遊びにこだわり、それに熱中することがある、その熱中をしっかり支えてやるとその後にその子らしい育ちが実現していく、という大事な事実も発見しました。モンテッソーリは人間のこういう時期を「敏感期」と呼びましたが、これは現代の脳科学で「臨界期」といわれているものとほぼ重なります。子どもにはこういう世界を発達させたいのだ、と自ら挑んでいく才能がだれにもあるのです。

こどもの自育性と敏感期保障を重ねますと、モンテッソーリ教育の特質が浮かび上がります。小学校以降のモンテッソーリ教育は、この二つの原理を組み合わせ、独特の宇宙論を絡ませながら、子どもたちが自らテーマを探し、その探究をていねいに保障することにこだわっています。当然、誰もやったことのない方法やテーマを探そうとする子どももたくさん出てくるわけで、その体験が、冒頭に紹介した社会で創造的な仕事をしている人にモンテッソーリ教育の体験者が多い理由になっています。
またモンテッソーリは、戦争時期にインドで長く暮らしたこと、戦争に多くの人が苦しめられていることなどに触れたことなどから、教育は平和のためにこそ行うということを強調するようになります。しかも、モンテッソーリは平和とは戦争をしないということではない、戦争をしていない時期は、歴史を見れば明らかなように、次の戦争を準備していただけだ、と強調し、平和はその気持ち、心を人々の心に築くものだ、というようになります。

映画は最後の方で、モンテッソーリの息子を自分で育てられない惨めさや悔しさを独特のタッチで表現していますが、そのときに自分たちのやっている障害児教育の成果があがってきた理由を、通説に反して、子どもへの愛、本物の愛こそが、成果をもたらした、と強調する段があります。これはモンテッソーリ教育を独特の方法、教材と理解している世界の多くのモンテッソーリ教育のしかたへのある種の批判であり、反省を促すものと言えるでしょう。と同時に、これはモンテッソーリ教育が、知性の教育と平和への教育とが通底していることを示す大事な視点になっています。
ぜひそれぞれにこの映画からそれを感じ取ってほしいと思います。

●監督:レア・トドロフ

1982年パリ生まれ。
パリ、ウィーン、ベルリンで政治学を学び、その後ドキュメンタリー映画の助監督として働き始める。2012年初のドキュメンタリー「Saving Humanity during Office Hours」を監督。
14年には「Russian Utopia」を共同監督。15年にジャンナ・グルジンスカ監督のオルタナティブ教育をテーマにしたドキュメンタリー「School Revolution: 1918-1939」の脚本を執筆。そして遺伝性疾患を持って生まれた娘の誕生が本作制作への決定的な契機となる。「マリアに関する記述をできるだけ正確に保とうとした。台詞は変えたが、一言一句が彼女の考えに真に対応しているものにしたかった」と語る彼女の初監督長編劇画。

母ナンシー・ヒューストンは著名な小説家で、本映画にもマリアを助ける富豪女性ベッツィ役で出演
1953年カナダ生まれ、15歳の時アメリカに移住。ニューヨークのサラ・ローレンス大学に学ぶ。1973年パリに渡り、ロラン・バルト指導のもとに博士論文を執筆。最初の小説『Les Variations Goldberg』(1981年)が作家の登竜門ともいえる文学賞コントルポワン賞を受賞。以来、フランス語と英語の両方で小説を発表し、1993年カナダ総督文学賞フランス語フィクション部門賞受賞。2006年『時のかさなり』でフランス4大文学賞の一つフェミナ賞を受賞。

父ツヴェタン・トドロフは著名な思想家・哲学者・文芸批評家
1939年、ブルガリアのソフィア生まれ。1963年からフランスで活動し、ロラン・バルトの下で記号学を学ぶ。1965年に編訳した『文学の理論―ロシア・フォルマリスト論集』でロシア・フォルマリズムをフランスに本格的に紹介。1967年『小説の記号学―文学と意味作用』を発表し、構造主義的文学研究の先駆的存在となった。1973年フランスに帰化、国際詩学研究誌『ポエティック』の編集委員を務める。パリ第7大学を経て、フランス国立科学研究センターの芸術・言語研究センターに所属。1991年『歴史のモラル』でルソー賞を受賞。2017年没。

●音楽:メル・ボニス(メラニー・ボニス)

1858年パリ生まれの女性作曲家(1937年没)。当時作曲は女性の仕事とは考えられていなかったので無用な差別を避けるために中世的な「メル・ボニス」名義で盛んな創作活動を繰り広げる。パリ音楽院で出会った詩人でジャーナリスト、音楽評論家の青年と結婚しようとするが両親に阻まれ25歳年上の実業家と結婚、3人の子供を出産。その後青年と再会し4人目の子供を出産するが、隠し子としてして手放さざる得なかった(マリア・モンテッソーリと似ている)。没後60年間ほぼ忘れられていたが、20世紀末に、鍵盤楽曲と室内楽曲を中心に再評価が進み、声楽曲も再発掘されつつある。美しく印象的な旋律が特徴的。

●ジャスミン・トリンカ (マリア・モンテッソーリ)

ローマ大学在学中の2001年、ナンニ・モレッティ監督『息子の部屋』のイレーネ役で映画デビュー。
2年後にはマルコ・トゥリオ・ジョルダーナ監督の『輝ける青春』、2005年にはジョヴァンニ・ヴェロネージ監督『イタリア的、恋愛マニュアル』、ミケーレ・プラチド監督『野良犬たちの掟』に出演。
2006年には、ナンニ・モレッティ監督の『夫婦の危機』に再び抜擢され、翌年にはリッカルド・ミラーニ監督の『Piano, solo』で主演を務めた。2009年にはミケーレ・プラチド監督『Il grande sogno』でヴェネツィア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞。
2011年にはフランスで、カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品されたベルトラン・ボネロ監督の『メゾン ある娼館の記憶』を撮影(その後、同監督の『サンローラン』にも再び出演)。2年後には、エマニュエル・ムレ監督『Une autre vie』がロカルノ国際映画祭に出品された。
2013年には、ジョルジョ・ディリッティ監督『いつか行くべき時が来る』とヴァレリア・ゴリノ監督の『ミエーレ』の主演を務め、いずれもナストロ・ダルジェント賞を受賞した。
2015年には、ショーン・ペン、ハビエル・バルデムと共演したピエール・モレル監督の『ザ・ガンマン』で国際的なキャストの一員となった。同年には、セルジオ・カステリット監督の『Nessuno si salva da solo』とタヴィアーニ兄弟監督の『素晴らしきボッカッチョ』にも出演。
アンドレア・モライオーリ監督『SLAM/スラム』の後、2017年にはセルジオ・カステリット監督『フォルトゥナータ』で主役を演じ、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で演技賞を受賞、その後、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞とナストロ・ダルジェント賞も受賞。翌年にはアレッシオ・クレモニーニ監督『Sulla mia pelle』に出演。
最近では、ヴァレリア・ゴリノ監督『幸せな感じ』、シモーネ・ゴダノ監督『泣いたり笑ったり』(ゴールデングローブ賞主演女優賞)、キアラ・マルタ監督『Simple Women』、フェルザン・オズペテク監督『幸運の女神』(ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞とナストロ・ダルジェント賞で主演女優賞)、エニェディ・イルディコー監督『ストーリー・オブ・マイ・ワイフ』、パオロ・ジェノヴェーゼ監督『スーパーヒーローズ』、アレッシオ・クレモニーニ監督『Profeti』、そしてレア・トドロフ監督『マリア・モンテッソーリ 愛と創造のメソッド』に出演。
2018年にはケイティ・ミッチェル演出の『死の病』で舞台デビューを果たし、2020年には初監督の短編映画『BMM – Being My Mom』がヴェネツィア国際映画祭オリゾンティ部門でコンペティション上映され、長編映画デビュー作『Marcel!』は、2022年の第75回カンヌ国際映画祭オフィシャルセレクションとなった。
2024年には、TVシリーズ『La Storia』の主演と、『Supersex』と『L’arte della gioia』に出演。

●レイラ・ベクティ(リリ・ダレンジ)

1984年フランス生まれのアルジェリア系フランス人女優。
彼女のキャリアは2005年、友人たちの説得で、ヴァンサン・カッセル主演『変人村』に出演したことから始まる。
2009年にジェラルディン・ナカシュと出会い、彼女の映画『Tout ce qui brille』に主演したことでキャリアは本格的に始動。セザール賞有望若手女優賞を受賞し、映画は130万人以上を動員した。
私生活では、2009年のジャック・オディアール監督『預言者』の撮影で出会った主演のアルジェリア系フランス人俳優タハール・ラヒムと結婚し4人の母親でもある。
ガザ地区の子どもたちの状況に対する認識を高めるためにユニセフと協力するなど、さまざまな活動にも参加している。